リンゴ日和

シロクマが好きな学生が書いています。

ぼくと匂いの感じ方

僕は、夕方散歩しているときの夕飯の匂いとお風呂の匂いがすごく好きです。感覚的なものなので、理由をちゃんと考えてみると「そこに人が暮らしている感覚」が好きなんだとわかりました。

 

もしかしたら、前に書いたかも知れませんが最近の都市での生活は「街路の上を目的に沿って生きている、点と線で構成された生活」を送ってらっしゃる方が多いような気がします。

そうというのも、スマホが普及し、移動時間も個人の時間となってしまったことがそういった生活をより加速させたのかなと考えています。

ある意味すごいと思います。電車での隣の人ですら興味を抱かず、全くの別の世界として隔離している。なんだか切ないなぁと思ってしまいます。

以前も述べたとおり、強い地縁のしがらみに嫌気が指して都会文化が築かれた背景もあるので仕方ないかも知れませんが、それにしてももう少し偶然性というか一瞬一瞬の機会を楽しんでもいいんじゃないかなと思ってしまいます。

 

話がずれましたね、散歩は五感を駆使して行うものだと僕は思っています。さらに言えば、それ以上のものも駆使すると。

例えば、嗅覚と想像力。

「ここのうちのご飯は焼き魚だろうな。きっとご飯も炊けた頃だろう」

そう考えたりすることはありますか?全然知らないお家の家庭の食卓という空間と散歩している自分、家の壁で隔たりはありますが、それを匂いと想像力で橋渡しをして、空間の境界が曖昧になる。

面白くないですか?

もしかしたらこのまま生きていっても話すこともないような人の食卓と空間を共有するってどんなニッチな状態だよ!と笑ってしまいそうです。

顔も知らない誰かさんですが、きっと美味しいと思って食べてくれればいいなと思います。

 

お風呂の匂いもそうですね。お風呂というめちゃくちゃパーソナルな空間と繋がれる謎の感覚。流石に裸体を想像したりはしませんが、疲れを癒やしていたり、家族の団らんの場所だったり、いろいろな空間が広がっているんだと思います。

 

まあ、歩いてるときはしっかりと認識しているわけではなく、感覚的に楽しんだり、なんとなく想像したりしてるんですけどね(笑)